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2007年12月

就職内定

企業実習でお世話になった会社に就職が内定した♪
                  ヤッタよ~! (^-^)v

ここ1ヵ月半、実習仲間からの嫌がらせで微妙な雰囲気が漂っていたので、採用担当者に『こんなコミュニケーションの取れない奴らは全員いらない!』と思われないか危惧していたが杞憂だったようだ。

結局、実習メンバーのうち内定を貰えたのは私だけだった。

周りに流されることなく、黙々と目的に向かって取り組む点が評価されたのだろうか?

ともかく、せっかくいただいた採用内定だ。

これまで通り頑張りたい。

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人間関係が難しい :企業実習

二ヶ月間の企業実習が終わった。

実習で一番難しいと感じたのは、プログラミングではなく人間関係だった。

実習が始まって半月くらいたった頃から、他の実習生から嫌がらせを受けるようになった。

嫌がらせは最初一人の実習生から始まり、彼女は私の悪口を他の子に吹き込んでは勢力を拡大していった。

嫌がらせの動機は、おそらく私の真面目さが気に食わなかったのだろう。

彼女たちは、当初から一日の大半を雑談や他人の悪口・インターネット閲覧で遊んで過ごしていたが、私はそれらには殆ど加わらず、一人黙々と実習課題に取り組んでいたから。

私たちが会社で実習させてもらっているのは、プログラミングを学ぶためであって、決して雑談に興じるためではない。

まして他人の悪口に興じるなど、とうてい分別ある大人のすることとは思えなかった。

人の悪口を言えば、そこに他人を批判的に見る雰囲気が生まれる。

批判の矛先は、やがて自分に返ってくる。

そして自分への批判を避けるため、さらに他人を批判し攻撃するようになるだろう。

そうやって悪循環が出来上がる。

それが嫌で、「もう少し善意に見てあげたら?」と彼女たちに言ったことがあるが、それも彼女たちにとっては気に食わなかったに違いない。

『なに!?いい子ぶっちゃってムカツク!』

まあ、彼女たちの気持ちはそんなところだろう。

中高生じゃあるまいし、いい大人が何やっているんだろうと思う。

私には、彼女たちが企業実習の目的を見失っているとしか思えない。

他人の悪口を言うことを楽しいと感じる感覚や、それによって仲間意識を持とうとする感覚も全く理解できない。
(これは子供の頃からそうだった。)

彼女らの物の考え方が、世間の標準だとするならば、私にとって人間というものは、全く訳の分からない理解し難い存在だと言うほかない。

本当に分からない。

私が変なのか?

人間関係って難しい…。

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大人のADD/ADHDの症状

ADD/ADHDの代表的な症状の一つに集中困難というのがある。

私自身は過集中や注意の切り替えに問題はあるものの、「集中できない」という症状はないと思っていた。

実際、大人になってからの私に対する周囲の評価は、「集中しすぎて他の事に気づかない人」であって、過集中や注意の切り替えの問題を指摘されることはあっても、集中力が無いと言われたことはない。

しかし、大人のADHDの症状について書かれた専門書を読んで、それが間違いであることに気づいた。

そこには集中困難の例として、周囲の話し声などの雑音を頭から締め出せない困難さが書かれていた。

それは今まさに自分が職場で直面している問題だ。

難しい内容の資料から情報を読み取る時など、静かな環境で読めば理解できる内容も、話し声のする環境下では、話し声と資料の内容が混ざってしまって、何が書いてあるのか読み取るのに苦労する。

「こんな資料の内容も理解できないなんて、私は頭が悪いのだろうか」と落ち込んだり、静かな環境で読めば理解できることに気づき、「話し声さえなければ、ちゃんと理解できるのに」とイライラしたり…。

読み取るのに何度も必死に読み返さねばならず効率が悪いのだが、はた目にはその姿が一心不乱に集中しているように見えるらしい。

だから周囲の評価は「驚異的な集中力の持ち主」となる。

しかし実のところは、周囲の音を排除しようと必死になっているだけで、目的の対象には十分に集中できていない。

思い返せば、周囲の声が邪魔になるという症状は今に始まったことではない。

小学校時代には、国語の授業で一斉に音読する時など、やはり周りの声に邪魔されて内容が理解できなかった。

しかし、今まで経験した職場が静かな環境ばかりだったので、仕事上困ることもなく、その様な症状が大人になった今も存在していることに気づかなかった。

一般向けのADHDの本には、集中困難の説明として「ちょっとした事で注意がそがれ、次々と興味が移り変わる」とか、「ひとつの遊び(または仕事)をし続けることが難しい」等と書かれていることが多いが、これも誤解しやすい原因の一つだろう。

正直、成人当事者にとってはピンとこない表現だと思う。

その多くは子供のADHDを主な対象とし、あくまで観察者目線から見た症状だ。

そこには当事者の視点が無い。

先の表現も、自分目線で書くとこうなる。

「ちょっとした事で注意がそれ、何をしていたのか(或いはしようとしていたのか)忘れる。なかなか思い出せず、別の用事を始めることがある。」

「仕事に向かい続けることは出来る。しかし話し声などがすると、自分の意思とは無関係に、脳がそれらの情報処理を始めてしまう。不必要な情報を排除することが難しく、情報処理に混乱が生じる。」

成人ADHD当事者(厳密には、私の場合はADDだけど)と一口にいっても、人によって症状の現れ方も感じ方も違うだろうから一概には言えないが、少なくとも私の感覚では上記のとおりだ。

追記(2009.04)
大人のADD症状のうち、「注意の持続」に関して新たに気づいたことを記事にしました。

    ―→ 『仕事の遅さと「注意の持続」に関する問題』

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耳栓 :企業実習

実習先の職場は、雑談の声がうるさくてしょうがない。

資料を読もうにも、周囲の声に邪魔されて内容を読み取ることが出来ない。

仕方ないので百均で耳栓を買ってきた。

しかし気休めくらいにはなるかと期待したのに、音質が変化するだけで全く効果なし。(>д<)

やっぱ百均の耳栓は、値段相応ということか。

後日、補聴器センターで耳栓について相談してみたのだが、オーダーメイドなので片耳1万円近くするそうだ。

高い!

耳栓にそんな高額出費できないよ…。

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