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2009年5月

偏っているからこそ分かる事 
【ADDとPowerPoint講師】

私は物事を理解するとき、視覚的な手がかりを非常に重視する。

それはWAISの結果によっても裏付けられている。

相対的に低い聴覚認知(算数【9】 数唱【10】)に対し、それを補うかの様に異様に高い視覚認知(積木模様【17】 組合せ【16】)という結果だ。

私の脳は構造化されていない情報に接すると、あからさまに拒否反応を示す。

脳が情報を処理しきれず、ストレスで気持ちが悪くなったり意識が飛んだりするのだ。

そんな私だから、ノートにまとめるとき・人に何かを説明するときには、「視覚的に分かりやすく」が当たり前の事になっている。

当然それはPowerPointでプレゼンテーションを作る際も同様だ。

誰に教わるでもなく、「視覚的に分かりやすく」を最優先に考える。

また「プレゼンテーションのどこを今見るべきなのか」明確に分かるよう目線の誘導を行ったり、注意の妨げになる情報を隠す等という配慮も欠かさない。

それは「注意力に問題のある自分でも自然に注意集中できる物」という基準で作っているからだ。

今回PowerPointを教えるにあたって、これら自分にとって当たり前のことが非常に役に立った。

なぜなら授業を行うにあたっての、お客様からの要望が「PowerPointの操作だけでなく、分かりやすいプレゼンテーションを作るにはどうしたらよいのかを教えてほしい」というものだったからだ。

人より能力的に劣る部分・偏った部分があるからこそ、自然に分かる事・自然にできる事がある。

初めて発達障害であることが役に立った。

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人から受け入れらる体験 
【ADDと人間関係】

私は大学に入るまで、人から受け入れられているという感覚を味わったことがなかった。

小学校時代は

男子からの酷いイジメ。

ただただ、自分が生き延びることに必死だった。

中学時代は

数人の友達はいたけれど

クラスからは浮いた存在だった。

高校時代…

完全に孤立。

友達づくりの努力は常に空回り。

どうあがいても友達はできず

最後には友達づくりをあきらめた。

結局3年間、ほとんど誰とも口を利くことなく卒業した。

だから

「周囲から受け入れられている」とか

「自分に居場所がある」とか

そういういう感覚とは、ずっと無縁だった。

そんな私に

大学では不思議なことに友達ができた。

友達は向こうからやってきた。

もうあきらめていたのに。

そして最初の1人を仲立ちに

友達の輪が広がっていった。

友達以外に「仲間」というものもできた。

自分は輪の中にいる。

これまでどんなに努力しても

入ることができなかった「人々の輪」

その内側にいる。

とても居心地がいい。

そして実感した。

 ああ、自分は生きている!!

 生きているって、こういうことなんだ!

もう「教室に居場所がない」と感じることはない。

生まれて初めて周囲から受け入れられ、

初めて普通の学校生活というものを体験した。

どんなに望んでも手に入ることのなかった

 普通の暮らし

 普通の学校生活

 なんて素晴らしいんだろう!

私の心には、かつての恩師の言葉が響いていた。

 学校の友達を大切にしなさい

 そして一人でいいから、

 一生の友と呼べる親友を見つけなさい

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

人生分からないものだ。

望みのものを手に入れようと

必死になればなる程それは遠ざかり、

完全にあきらめた頃

ひょっこり向こうからやってくる。

自分は何の努力もしていないのに。

大学入学のその時、

向こうから声を掛けてくれ、

そして今も親友である彼女に

私はとても感謝している。

彼女との出会いは

私にとって奇跡としか言いようがない。

彼女は私に

「人から受け入れられる」

という貴重な体験をくれた。

そして人間不信の私に、

「それでも信頼にたる人間はいる」

と、10年以上もかけて態度で示し証明してくれた。

私がどんな状況にあろうとも

他の友達が私を見捨てても

彼女の私への態度は変わらなかった。

なかなかできることではない。

私はその事を彼女に面と向かって話したことはない。

彼女は何も知らない。

感謝される程の何かをしたという自覚すら無い。

だから感謝の言葉も

私が彼女を大切に思う、その理由も

伝えることは叶わない。

だから自己満足だけど

ここから感謝の言葉を送りたい。

    本当に ありがとう!

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並列処理が難しい 
【ADDとExcel講師】

講師をやっていれば、授業の中で答え合わせをするという作業が必ずついてまわる。

問題文を読み上げてExcelの操作説明に入るのだけど…これがなかなか難しい。

何が難しいのかといえば、

問題文を音読しながら、同時に内容を読み取ったり考えたりすることが難しい。

説明をしながら、同時に操作手順を考えるのも難しい。

   「音読」 と 「内容理解」 と 「思考」

   「操作説明」 と 「思考」

私にとっては、どの組み合わせも非常に相性が悪い。

(そういえば、日常生活でも「話しながら車を運転する」というのができず、不注意なミスをしてしまう。)

「読み上げながら」だと何が書いてあるのか分からないので、内心焦りながら同じセンテンスを何度も読み返して間を持たせ、読み取りに努めているのだけどなかなか上手くいかない。

「同時に」が難しいため、読み上げる言葉に詰まったり、問題の読み飛ばしや言い間違い、必要な操作の抜け・ミス・勘違い、関数で入力する条件式の立式間違いなど、1問答え合わせをするたびに不備が発じる。

「問題を読み上げながら」とか「操作説明をしながら」とかでなければ、いくら不注意な私でもここまで頻繁に間違えたりはしないのに…。

 「○○を××します。 
         ……ん? …ではないですね。」

 「すみません。今のところ間違えました。」

1日に、いったい何回謝っているだろう?

あまりのミスの多さに、受講生の方々もあきれているに違いない。

「音読しながらだと、何が書いてあるのか読み取れない」という症状は、小学校時代の国語の授業からそうだったのだから、いまさらこの症状そのものが治るとも思えない。

なにか代替的な手段で補えないものだろうか?

操作手順を全て書いておいて、それに従うだけという状態にすれば、確かにミスは防げるだろう。

しかし、ただでさえ授業準備に時間が足りなくて徹夜状態なのだから、これ以上作業が増えるのは問題だ。

いい方法が思いつかない。

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眠れぬ日々 【ADDとExcel講師】

眠いです。

Excel講師として派遣されるようになってからというもの

ここんとこ、ずっと寝てません。

授業のない日は、次の授業準備でメチャクチャ忙しいし、

土曜日も授業準備で自社出勤&夜まで残業。

日曜日は家で、やっぱり授業準備。

授業のある日は、ずーっと緊張状態。

肩が凝る~。

運よくベッドで横になれたとしても、昼間の緊張状態ひきずっててちっとも眠れない!

眠いのに眠れない。

うおぉぉぅ。

はぁ~疲れてます…。 (--||)

今日こそ寝たい。

何とか今日の授業はうまくいったから、苦労も報われた感があるけど…。

(Excelの裏技とか、いろいろ教えてきた。 )

ともかく、期限満了まで頑張ろう!

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準備から初日までのドタバタ 
【ADDとExcel講師】

職場復帰後初の派遣案件は、Excel ・ PowerPointoの講師業務。

2人1組のティームティーチング方式で、私は補助講師。

のはずだったのだが…

明日もう本番という日の夕方になってから、急遽役割変更。 

      Σ(-||

『私、病み上がりの半病人ですよ~!』

と心の中で思ったものの、どうしようもない事情がある。

その日やった授業練習で、メイン講師の相方はまともに喋る事ができなかった。

会社の見知ったメンバーの前でさえ、こうなのだ。

社外で見知らぬ人間相手に教えるなど、とうてい無理だろう。

誰もがそう思った。

私も…。

彼がメインを務めなければ、その重い役回りは自分に回ってくる。

そう知りつつも、やはり彼の状態では厳しいと感じた。

無理もない。

彼は、学校を卒業してまだ日も浅い。

人前で話したり、まして授業をするなど初めてなのだから。

 黎さんメイン講師頼めないかな?

 この案件を失敗に終わらせないためには、

 やはり役割チェンジした方がいいと思うんだ。

リーダーからの依頼だった。

対人緊張の強さは自分も酷いけど、

それでも1年

曲がりなりにも教員として、教壇に立った経験がある。

この状況下では、 確かに私が引き受けるほうが現実的。

そんな判断から、急遽役割チェンジでメイン講師となった。

初日前日は、授業用資料(生徒にさせる課題とか)作成で徹夜。

準備に忙しすぎて、薬も飲み忘れた程だ。

そして迎えた初日。

午前中は、何とか無難にやり過ごせたが

しかし問題は午後。

授業が予想以上に早く進んでしまい、もう受講生にやらせる課題がない。

予習した範囲外のことであっても、自分の知識と記憶を頼りに教えるしかない。

そして、やってしまった。

大失態…。

受講生の質問に対して、ありえない答えを返してしまった。

それは講師として、当然知っていなければならない内容なのに。

私には時々起こることだ。

記憶の検索がうまくいかず

混線して、とんでもない所に繋がってしまう。

後で冷静に考えた時

ちゃんと分かっているハズの事柄なのに、

どうしてあんな珍回答をしてしまったのかと落ち込む。

自分の記憶は、いったいどうなっているのか?

自分のこの記憶の繋がりの悪さには、頭を抱えたくなる。

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