司書から教員に転職すると決めた時、私は自分に発達障害があることを知らなかった。
ただし、発達障害かもしれないという疑いの気持ちは当時から持っていた。
だから転職を考えた時、『もし自分に発達障害があるなら、うまくいっている今の職場を離れるべきではない』とも考えた。
しかし診断が降りているわけでもなく、自分で疑っているだけだったので、『努力すれば、何とかなる!』と転職を決断してしまった。
それまでの司書の仕事がうまくいっていたのは、仕事の性質や職場環境が障害をカバーしてくれていただけなのに…。
教員という障害をカバーしにくい環境に身を置くことになって、自分の抱える問題が露見した。
不注意・忘れっぽい・間に合わない・聞き取れない・書けない・暗黙の了解が読めない…etc。(×_×;)|||
毎日徹夜で頑張っているのに、最低限のことさえ満足にできない。
『発達障害かも?』という疑いは『発達障害に違いない』という確信へと変わっていった。
教師の何が自分に向いていなかったかと言えば…
1.多忙なため処理能力が追いつかない
(※教員の忙しさの度合いは、市によって相当に異なる。私が教員をしていた市は、県下で最も教員の負担が大きいことで有名だった。)
日中は時間割に合わせた分刻みのスケジュールで、時間に振り回されていた。
トイレに行く時間すらない。(もっとも、忙しすぎてトイレに行くことすら忘れているが。)
授業後は毎日部活の指導。(なぜか小学校なのに部活がある。)
部活が終わってから、やっとテスト採点・提出物のチェック・学級通信や学年通信の作成・週案作成・研究授業のための指導案と教材の作成…etc。
あまり遅くまで学校に残っているのは良くないので、仕事は家に持ち帰って徹夜でやることになる。
テスト採点や提出物のチェックでは単に丸をつけるだけではなく、たいてい一言コメントを書く。
クラス全員に書くわけだから、一言コメントといっても相当に時間がかかる。
しかもコメントは当然手書きだ。
LDの私が他人に読める字を書くには、ゆっくり書かねばならないので余計に時間がかかった。
学級通信や学年通信はパソコン打ちなので手書きの遅さが問題になることはないが、文章やレイアウトを考えなければならいのでやはり時間がかかる。
そして最も負担だったのが、研究授業(年3回)や授業実践のレポート提出(年3回)だ。
これらは長い文章を書かなければならないので、完成までに1ヶ月以上かかる。
それが年6回もあったのだからたまらない。
ゲーム「テトリス」の様に次から次へと仕事が降ってきて、片っ端から片付けていかないと、あっという間に仕事が山積みになってゲームオーバーだ。
仕事を振り返って点検したり、立ち止まってじっくり考えたり、腰を据えて1つの事に取り組む余裕は全くない。
情報の取捨選択が苦手なADDだからこそ、頭の中を整理する時間が必要なのに…。
毎日徹夜、土日も仕事。
夏休みも仕事。(よく勘違いされるが、「夏休み」といっても教師は休みではない!)
研究授業の指導案を1ヶ月の徹夜で仕上げ、その後の数日間は普通に眠り、また1ヶ月~1ヶ月半徹夜して授業実践のレポートを仕上げ、やっと数日間普通に眠れたと思ったら学期末、成績付けのためにまた1ヶ月徹夜。
こんな状態の繰り返しだった。
徹夜して締め切りに間に合うならまだいいが、1ヵ月以上徹夜で頑張っても締め切りに間に合わないことがあった。
そして、教務主任に「努力が足りない」と怒られる。
1ヶ月以上寝ずに仕事しているのに、これ以上どう努力しろというのだろう。
仕事量が明らかに個人の処理能力を超えていた。
(ちなみに新任の先生の中には、仕事をこなしきれず任期半ばで辞めていく人もいた。)
忙しすぎるのと寝ていないのとで、思考も記憶も混乱。
ただでさえない注意力が余計散漫に。
精神的にも肉体的にもボロボロだった。
2.複数の事に同時に注意を払わなければならない
ADDの私は、複数のことに同時に注意を払うのが難しい。
しかし教員の仕事は、常に複数の事柄に注意を向けていなければならい。
時間を意識しながら授業を行い、授業を進めながら子ども達1人1人に注意を配り、なおかつ授業後の緊急会議や、子ども達に伝えなければならない連絡事項、授業前に子どもとした約束なども忘れないようにしなければならない。
注意を払わねばならない事柄が多すぎて注意しきれず、色々なことを忘れてしまった。
メモを取って忘れないようにと思っても、忙しすぎてメモを取る時間さえないことも多い。
あるいはメモを取ったとしても、注意を払わねばならない事柄があまりに多いので、メモしたこと自体に注意がいかず忘れてしまったり、メモをどこに入れたのかに注意がいかず紛失したり…。
私の注意力のキャパシティーを大きく超えていた。
3.手書きでしなければならない仕事が多い
教員の世界というのは、「手書き=心がこもっている」という手書き信仰が強いようだ。
書字に問題のあるので、手書きの多い仕事はやたらと時間がかかって不利だと感じた。
4.人の顔がなかなか覚えられない
私は昔から人の顔と名前を覚えるのが苦手だった。
クラス全員の顔と名前を覚えられたためしがない。
さすがに担任が子ども達の顔を覚えていないのではまずいので、クラスの子ども達の顔はデジカメで撮って何とか覚えたが、全員の顔と名前が一致するのに2学期の終わり頃までかかってしまった。
さらに部活の子ども達に関しては、もうお手上げだった。
授業中の子ども達と違って、部活中の子ども達は常に動き回っているので覚えられないのだ。
保護者から「部活の子ども達の名前を覚えていない」と苦情がきた。(実際には、名前どころか顔も覚えていなかったわけだが…。)
保護者の言い分はもっともなのだが、私には人の顔が手書きの「へのへのもへじ」を見比べているように感じられる。
「へのへのもへじ」の個体識別は難しい。
5.仕事の枠組みがハッキリしていない
私には周囲の状況に注意を向け気を利かせるといったことが難しい。
教員の仕事には、誰が行うのか決まっていない雑多な仕事が多かった。
その様な仕事は、新任教員が気を利かせてするという暗黙の了解があるらしいのだが、私は全く気付かないか、気付いたとしてもどの状況が自分が出て行く場面なのか、サッパリ判断がつかなかった。
そのせいで、他の先生方からよく注意された。
6.仕事の手応えを得にくい
指導の成果はすぐには現れないので、これでよいのかと不安になる。
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【ADDとExcel講師】
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